販社スピーチ 山脇健司 販社長

11月 3, 2010

「販社スピーチ」…10月IPSフレッシュアップセミナー(大阪)

■山脇健司 販社長 (販社名:株式会社丸勝)

京都で販社活動されている山脇販社長は、

以前ある上場企業の営業本部長をされておりました。

そのような山脇販社長がIPSに入った理由とは?

山脇販社長には、ある夢がありました。

それは「もう一度自分の会社を立ち上げること」。

「そしてその会社を大きくしていくこと」。

IPSを知ったとき、「ここだったら自分の夢が実現できるのではないか」

これがきっかけで山脇 販社長のIPSが始まりました。

今月新たに新販社を2社増設され、

また一歩夢に向かって歩んでいる山脇健司 販社長です。

それでは、山脇健司 販社長、よろしくお願いいたします。

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順風満帆にいく人というのは、そんなにいないと思います。

私も、苦労というわけではないですが、辛いこともありました。

一番辛かったのは、自分の妻が病気だった、ということ。

10年ほど、拒食症で、寝たり起きたりだったのですが、その間にいろんなことがありました。

私も、妻の病気を治したくて、あっちにいったり、こっちにいったりしていました。

お医者さんに診せましたが、ダメでした。

そんな時に、「奥さんにどう?」と、IPSを薦められました。

 

しわくちゃの顔でしたから、しわの一本でも取れたら、女性は気持ちよいもんだよ、と。

そうか、と。それで、P.P.123を買いました。

で、妻の顔につけてみたら、「パパ、しわ取れてきた!!」と。

私も「おお~、良かったね。」と。…それくらいの感じでした。

まさか、その時、この商品・この考え方で、自分の会社を興すなんて、思いもよらなかったです。

でも、この商品の凄さを家族で体感したんです。

妻が、神戸の説明会に行ってみたい!! と言うようになったり。

自分からいいと、自分で使ってみたいと、言い出したんです。

で、私は、「そうか~」と買っていただけだったんです。

 

そうしましたら、ある時、私も某上場企業で活躍していたほうなんですが。

売上を上げるのが好きですから、部下に叱咤激励したり、

競争でしたら、絶対に負けない! と思っているほうでした。

でも、やっぱり、その会社でも、自分で何かをしたいと思っていたんです。

チャンスがあれば。

私もその時、48歳でした。サラリーマンとしては、ラストチャンスです。

その48歳の時、このIPSの商品を見ていて、これは「売れる」と思いました。

私はマーケティングの部長をしていましたから。

 

妻の大好きなIPSで、以前に倒産した「丸勝」という会社をもう一回やってみようかと、

妻に言ったんです。

そしたら、妻が「嬉しい!!」と。「私を初めて認めてくれた!!」と。

私は、その時、初めて気付いたんです。

私は、妻の病気を治したいばっかりに、“病気”を見ていたんです。

妻を見ていなかったんです。

 

最初は、今の仕事をしながら、とも思っていたのですが、あっさり、仕事を辞めました。

その時、私は、決めました。

 

決めてから辞めるまで、2ヶ月なかったのですが、その2ヶ月、考えに考え抜きました。

そして、こんな風に動いたら、こんな販社になる、と思いました。

半年で販社になれると考え、そして、そのスケジュール通りに動きました。

他人は全然関係ないんです。

「自分の思い描いた通りのことをやりきる!」と、決めてやりました。

「決める」ということの凄さ。

 

その時に知っていた人は、1人もいません。

以前の会社の人で、販社になる時に手伝ってくれた人は、一人もいなかったんです。

全部、新しい出会いでした。

このことが、“すごいな”と思いました。

新たな出会いをしていって、チャンスはいろんなところにあるんですね。

それを自分自身で、どうとらえるか。どう、このチャンスをとらえるか。

 

でも、タイミングというのもあります。

3年前とか、上場企業で、子会社を作る仕事をしていたら、私もやっていませんでした。

人それぞれ、チャンスをつかむ時があります。

 

私は、IPSを通じて、今、7月に社名も変わって、こうなってきています。

ブランド化。

ブランドというと、シャネルさん、ヴィトンさんが思い浮かびます。

企業では、トヨタさん、パナソニックさんなど。

なぜ、こういうところがブランドと言われるか?

こういうところには、共通するところがあります。

それは創業者の想いとか、そういったものが、製品と企業姿勢に表れていることだと思います。

 

私は、IPSビジネスというのは、IPSを通じて、酸化と還元を繰り返して、

うまくいかないことを頑張って、解決して、辛いことも楽しいことに変えていく。

酸化と還元を繰り返していくことで、自分自身やまわりの人が進化・成長して、

よりよく生きる、ということが実践できるフィールドだと思っています。

 

それじゃ、私たちはIPSのこの環境の中で、何をしなければならないのか?

キーワードは「プロ」だと思います。

プロ野球とかあります。職業野球。つまり、仕事です。

仕事として、IPSをどうとらえるか? ということが大切だと思います。

仕事で、利益のない仕事は、ボランティアとなります。

利益を得る、稼ぐ、ということと、仕事は続くことが一緒でないといけません。

一時だけの利益は、仕事ではないと思います。

この“稼ぐ”と“続ける”、両方を持ち合わせた企業は、数少ないと思います。

 

京都には、たくさんの企業があります。その中には、“老舗”というところもありますが、

ある400年続いてる会社の社長が、「どうして続いたんですか?」という問いに答えた内容というのが、

「それは、その時々の変化に対応して生きてきた。

そして、その変化とは、相手を変えるのではなく、自分が変わることです。」。

  

会長講話の中でも、一つのことを投げ出さず、続けることの中に、

酸化と還元を見ることができることがいいことだ、と。

続けることがいいことではなく、よく生きることがいいこと。

よく生きるために、続けることから、酸化と還元を体験して、乗り越えていく。

問題を解決して、可能性というものを追求していく、ということなんだ、と。

私も、今月、販社が生まれましたが、私も1から、一人の、みなさんと同じプロの代理店として、

1からお客様作り、仲間作り、そして組織作りをしていきたいと、つくづく感じております。

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如何でしたでしょうか☆

次回は、どんな方が登場されるのでしょうか?

お楽しみに♪

 

(※お話の中の体験談等は、あくまで個人のご感想になりますこと、

ご了承お願い致します。)

株式会社IPSコスメティックス

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販社スピーチ 岩渕佐知子 販社長

11月 3, 2010

「販社スピーチ」…10月IPSフレッシュアップセミナー(大阪)

■岩渕佐知子 販社長 (販社名:リアン・ネージュ)

岩渕販社長は、昨年の10月に販社昇格され、ちょうど、一周年を迎えられたばかりです。

営業経験がほぼなかった自分でも経営者になれて、1年間安定した経営ができていることで、

人は誰でも変われるんだという事を、常におっしゃっています。

ご登場いただきましたらおわかりになると思いますが、モデルさんなみの長身の持ち主です。

そして、IPSの女性販社長の中では現在、最年少の販社長です。

それでは、岩渕佐知子 販社長、よろしくお願いいたします。

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東大阪市で販社をしています、岩渕です。

私は今31才なんですが、私とIPSの出会いは23才の時です。

その時は、私は本当に肥満体型で、今の3サイズ大きかったです。

それで、顔を上がるとかも、興味はなかったんです。

鼻以外、全部ニキビだったんですが、それが気にならないくらい太っていて、

それをなんとかしたいという思いだけで、美容液を使いました。

それで結果がでて、商品がすごい好きだったんです。

 

私は20才から、OLをしていました。

私は、性格上、頑張らないと居心地が悪い、という自分の限界以上に頑張るタイプ。

責任ある仕事もさせてもらえるようになったりもしました。

赤字だった部門を黒字にしたりしたことも。

でも、そういう時に評価されるのは、男性でした。

「まだ私は出来ていないのかな?」と朝から晩まで、また頑張ったのですが、

それでも評価されず。

また、男性と肩を並べて仕事をすることで、他の人から妬みや嫌がらせを受けたりもしました。

それでも、私は、会社を辞めませんでした。

理由は、その会社が他の会社よりも、時給が50円高かったんです。

50円の時給、月でいうと8,000円にしがみついて、嫌な思いをして、頑張っていたんです。

で、私、8,000円で、なんでこんなところにしがみついてるんだろう、と思って。

で、転職をしました。

次は、電話で営業する仕事でした。そこでも1番になりました。

普通の人で、1日20~30件のアポをとれるくらいのところ、

私は108件、最低でも90件のアポを取っていました。

でも、その評価は、翌日の皆からの「拍手」だけだったんです。

頑張った分の報酬は、やはりお金で返して欲しい、と思いました。

それで、そこのマネージャーに、「50円でもいいので、時給を上げて欲しい」と言いました。

結果はだめだったのですが、それよりも、私自身、また50円とかにこだわっている、

1ヶ月8,000円とかに、しがみついているということに、

私、ホンマにこのままやったらイヤや! 1回の人生をこんなんはイヤだ!と思って。

 

で、6年間、IPSを愛用で使っていましたが、上位の中井販社長に、

「あんたやったら、経営者になれるよ!!」

と言われて、その言葉が私に入りました。

 

2年前の2月末に、中井販社長にそんなことを言われて、

そして3月末から、IPSを本格的にやり始めました。

私は営業経験というのは、電話でのアポはあったのですが、直接お客様に会って、

モノを販売するというのは、一度もないんです。

わりと人の顔色を見て、薦められないタイプだったんです。

でも、ホントにこのままだったらイヤだと思って、会長講話や、中井販社長の言うとおりに

そのままやっただけで、こんな何も経験のない私でも、販売会社になれるんだ、

ということを皆さんに伝えたいと思います。

 

「人は誰でも変れる」と、いろんな本にも書いていますが、

でも、それを最後まで信じて、最後まで頑張ることができて、ホントによかったと思います。

販社になって、1番変ったのは、今まで、評価されないことを恨んできたのが、

私に嫌がらせをしてきた人を憎んだ時期もありましたが。

その人さえいなければ、とか。

でも、そのような人でさえ、感謝できるようになりました。

あれだけのことをしてくれた、あれだけの評価をしれくれなかったから、

今の私があるんだと思います。

過去の酸化、嫌なことに対しても、感謝できるようになりました。

私はIPSビジネスを始めて、2年半になります。

この、他にどこにもない商品、大好きな考え方と、

お兄ちゃん販社、お姉ちゃん販社、お母さん販社など、ホントに家族のような環境で、

この商品を、この素人の私が扱えていることが、何よりの幸せだと思っています。

自分自身が本当に変わることができたように、これからは、1人でも多くの人に、

人生を本当に変れるという、どうするかは、本当に自分次第というところを

これからも伝えていきたいと思います。

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如何でしたでしょうか☆

次回は、どんな方が登場されるのでしょうか?

お楽しみに♪

 

(※お話の中の体験談等は、あくまで個人のご感想になりますこと、

ご了承お願い致します。)

株式会社IPSコスメティックス

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